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ご飯の達人・養成講座:その1

私達ヨシダ米穀店では、手軽においしいご飯を炊いていただくために、今回より、『ご飯の達人・養成講座』を

本ブログ内で開講いたします。  ―『もっと美味しいご飯を食べたい!』― そのような方々に、少しでも

参考になれば幸いです。もし、興味がある方は最終講座まで、ぜひお付き合いをお願いします。

また、各講座ごと御質問などがございましたら、御気軽にお問い合わせ下さいませ。

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本講座では、お米からご飯になるまでを、段階をおって説明いたします。

では、まず始めに 『お米を計る』から、お話ししましょう。

 

◎お米を計る場合は、一般的には 計量米ビツから直接出てきた米の量が目安になりますが、

 出来ましたら、炊飯器に付属の『計量カップ』を使用して正確に計って下さい。

 特に、一升(約、1450g)以内の炊飯量では、正確に計ることが重要となります。

  お米の炊き方 004

 ← このように、カップいっぱいに入れます。(この時、山盛りに

   ならないように注意して下さい。)

   また、炊飯器の最大炊飯量の80%の炊飯量が一番おいしい

   ご飯が炊けると、言われていますので、五合炊きの炊飯器で

   一合のお米を炊くのは、あまりお勧めいたしません。

 

献立によっては、固めのご飯が美味しい場合があります。カレーやチャーハンなどです。

その時、固めのご飯用に水加減を調整する場合、正確にお米の量を計っていなければ水加減の調整が

出来なくなります。ちょっとした事ですが、重要な手順の一つです。

カップでの計量に慣れてきますと、意外とこちらの方が楽に感じられると思います。

ぜひ、お試し下さい。 

 

※)お米って、お料理の世界では『主役になれない主役』なんです。だから、主役をさりげなく目立たせる事が

  出来るのかも知れません。

 

以上、第1回めを終わらせていただきます。長い文章を最後までお付き合いをいただきまして

有難うございます。

ワクワクするような、お米との出逢い!

 平成20年度の早期栽培の新米が、九州産(宮崎県)より始まりました。

今まで入荷してきたお米の全般的な評価は、「多収穫・低品質」のようです。

これも温暖化の影響なのでしょうか。九州産では、高温障害と虫による被害粒が目立ちました。

 でも先日入荷しました、佐賀県東松浦郡玄海町浜の浦のコシヒカリは違いました。

さすがに日本棚田100選に毎回登場する「浜の浦地区」のお米は逸品です。

しっとりとした質感、粒張りの良さ、香り まさに、これこそ新米と言えるお米です。

 さっそく精米をすると、工場中に新米の香りがたちこめ、水晶のような光り輝くお米が

出来上がりました。炊飯試験では期待通り、炊き上がりの香り良し・ご飯のツヤ、ねばりは新潟産を

上回る評価が出ました。さすがに実力のあるお米は違いますね。

 久しぶりに、ワクワクするような、お米との出逢いでした。

佐賀新米 004 佐賀新米 005

ただ今当店では、「浜の浦:こしひかり」を販売中です。

◎5kg … 2,680円(税込み) です。

 

……「高いな~。」と思われるかも知れませんが、何とお茶碗一杯あたりは、約50円程度です。

ぜひこの機会に、「最高品質のこしひかり」をご賞味下さい。

 

*****************************************

◎大村市内は5kgより、無料お届けいたします。市外の方へは、宅急便にてお届けいたします。(料金別途)

◎その他、各有名産地からの新米を多数品揃えいたしました。お気軽にお問い合わせ下さい。

 

                                        大村市池田新町763-77

                                         ヨシダ米穀店

                                        TEL(0957)52-3349

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、12月も後半ですか …。

このブログの更新も随分、間が空いてしまいました。

なかなか毎日書くという作業は、たいへんなんですね。                                                                                                           龍馬さん:画像

 

ところで、右の龍馬さんのポスターは、私の部屋に貼ってあるものです。

生き方に悩んだり、生活に疲れた時に見上げると、そっと話しかけて

くれるような気がします。

 

つらい事がおきたら、感謝しなさい。

― これでまた、強くなれると。

悲しい事がおきたら、感謝しなさい。

- これで、より人の悲しみがわかるからと。

ピンチになると、感謝しなさい。

- これで、もっとたくましくなれるからと。

 

つらい事も悲しい事もピンチの時も、それを乗り越えて生きる事が、人生なんだと。

『今の状況は、3年前に何をやったかの結果なんだ。だから今を大切にして、前を向いて進もう。』と …。

龍馬さんの声が聞こえてきます。

大きく深呼吸をすると、ふと楽になって、もう少し頑張ってみようかなと思います。

 

今年も間もなく、終わるんですね。

『亀山社中』いよいよ、船出の時!

実は、このブログを書くにあたっては、私が愛してやまない『坂本龍馬』さんの誕生日でもあり、命日でもある11月15日からと心に決めていたが、友人数人からのアドバイスと言うより、半ば説教のように言われ、協調性の豊かな性格、または、優柔不断な性格と言うが …。

頭をもたげ、「まっ、いいか~。」と、いつもの調子で書き始める事となった。

『坂本龍馬』 ― 龍馬さんを好きになったのはいつ頃からかと、ボ~と考えてみた。

そうです!中学2年の寒い頃だったと思う。友達の寒い、しかも狭い部屋の中で、武田鉄矢さん率いる海援隊の「母に捧げるバラード」を聴いた時までさかのぼる。

あの頃は、吉田拓郎・かぐや姫・泉谷しげる …etc.フォークソングが、ようやく反戦歌から一つのジャンルとして認められた頃で、誰もかれもが、ギターを弾けば女性に「もてる」と言う錯覚をしていた時代でありました。

そんなフォークソング全盛期の中、海援隊の「母バラ」は、ヒット曲のセオリー通りの愛や恋の歌ではなく、母親が単にダメ息子にグチや説教をする歌と言うより一人芝居のような歌だったが、妙に自分の置かれている立場と重なり合い、自然と海援隊の歌にに惹かれていった。

それからというもの、翌年の夏頃には、ラジオやテレビからも海援隊の歌声が流れ始め、ついにはその年の紅白まで出場してしまい一躍、時の人となってしまい巷では、小さい子供達までが、「コラ、てつや!」のフレーズを口にするほどのブームになりました。

でも、ブームって残酷なものですね、半年もしない内に、音楽シーンからは海援隊の名前すら出なくなってしまいました。

それから随分時間が経ってからでした。俗に言うドサ廻りで、海援隊が長崎にやってきました。確かコンサート会場は、長崎市公会堂だったと思います。全席自由席だったんで、2時間前に入り口前に立つと誰もいなくて、本当にコンサートがあるのか不安になった事を思い出しました。

1曲目が終わり、武田さんが自己紹介のあたまで、龍馬さんが長崎港に入った時に言った「ここが、わしの希望ぜよ。」その一言から始まり、武田さんが大好きな龍馬さんの話しを聞き、ふと私は考えました。

武田さんは、龍馬さんが好き。私は、武田さん(海援隊)が好き。だったら、武田さんの好きな龍馬さんの事をもっと知りたい。

そこから私の龍馬さん探しが始まったわけなんですね。

そんな些細な事から、この年49歳になるまでず~と、龍馬さん一途の生き方になったわけです。

夜も遅くなりましたので、この続きは明日ということで …。

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